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愛しのフリーダ

The Beatlesのマネージャー ブライアン・エプスタインの秘書で
ファンクラブの会長だったフリーダ・ケリーの回想録。

The Beatlesのキャリアについてはかなり熟知しているつもりだったのに
フリーダのことは全く知りませんでした。
でも彼女はMagical Mystery Tourのバスに乗っていたので
姿は観ていたんですよね。それも今回初めて知ったけど。
そしてファンクラブ会報誌のマンスリーも存在を知ってたけど
それを作ったのがフリーダだったことも理解しておらず。
本当に未知のことばかりで驚きの連続でした。

どうして知られていなかったのか。
それはThe Beatlesのファンの一人だったフリーダが
秘書やファンクラブの会長としての任務を全うした後
普通の主婦となってからは10年間のキャリアを封印していたから。
自分の子供たちにも全く語ることはなかったのですが
Beatlesのことを聞きたがっていた息子が他界し
娘に子供が生まれ、孫には同じ過ちを犯したくないと
過去を振り返ることになったのでした。
最初は家族用の記録映像のつもりで撮影を始めたのが
ドキュメンタリーとして編集され
こうして世界中のBeatlesファンに観てもらえるようになったのは嬉しいことです。

1961年、リバプールでタイピストの仕事をしていたフリーダは
昼休みにキャバーンクラブに行ってThe Beatlesに出会います。
彼らの演奏に魅了されたフリーダは毎日キャバーンに通い
メンバーとも親しくなっていました。
そしてThe Beatlesのマネージャーとなったブライアンに
秘書にならないかと誘われます。
フリーダはブライアンの父が営業していた電器店の2階の
ブライアンの事務所に机を置かせてもらい
17歳で秘書の仕事とファンクラブの活動を始めます。

Beatlesがどんどんメジャーになっていくと
フリーダの仕事もどんどん大変になっていきます。
ファンレターの宛先を自宅にしてしまっていたため
大量のファンレターがフリーダの自宅に届いてしまいました。
フリーダはファンレターに一通一通返事を書きます。
でもものすごい量なので、事務所に来た人にはどんどん手伝ってもらいました。
メンバーがあいている時間にはせっせとサインをもらい
4人が同じ理髪店で髪を切るので、その時は髪の毛を集めておいてもらって
ファンに送ってあげていました。
リンゴが加入したばかりのとき、ファンレターの返事の書き方がわからないとフリーダに聞いてきたので
フリーダはリンゴの自宅に行き、リンゴのお母さんと親しくなります。
自分の母親を小さいころ亡くしていたフリーダには
リンゴのお母さんは母親代わりの存在となり
なんでも話のできる仲となりました。

自分がファンだからファンの気持ちがよくわかる。
決してファンを裏切らない。
だから手伝いに来てくれた仲間が
自分の妹の髪をポールの髪だと言って封筒に入れたのを知った時
彼女を即刻クビにしてしまいます。
自分の時間を全てBeatlesに費やして働いてきたフリーダですが
事務所をロンドンに移すと言われた時
父親を一人でリバプールに残していけないと思い
一緒に行くことを諦めます。
そのときファンたちのサイン帳にこっそり自分のサイン帳を混ぜてジョージに渡し
ここにはただサインだけしてと頼んだら
ジョージがフリーダのサイン帳だと気づいて
みんなの愛のこもったサインを集めてきてくれたそうで
メンバーがフリーダを大切に思っていたことが伝わってきました。

アップルが設立され、フリーダもロンドンに通いながら関わっていきます。
しかしメンバーの間の亀裂が見えてきて
The Beatlesは解散。
フリーダもファンクラブを解散し、退職します。
そして主婦として新たな人生をスタート。
大量に持っていたBeatlesのお宝も、ほとんどファンの人たちにあげてしまい
今残っているのは段ボール4箱分だけです。
富や名声を追うこともなく
今も秘書として働きながら
娘や孫とひっそり暮らしているフリーダ。
こんなBeatles関係者もいたんですね。

ラストのリンゴからのメッセージがあったかくて素敵でした♪
これがリンゴの仁徳だよね!と納得。

georgefreda.jpg

プレゼントでもらったジョージとフリーダの2ショットポストカードを
額に入れてみました。
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